天才、ダリの奇行と不思議なインスピレーション【a】

天才、ダリの奇行と不思議なインスピレーション
ドロっと溶けた時計の絵を一度は見たことがあるだろう。
この絵を描いたのが画家のダリである。

不思議な絵はもちろんダリはその行動、作品のインスピレーションなど数々の鬼才エピソードがある人物なのだ。

サルバドール・ダリ

サルバドール・ダリ、1904年- 1989年。スペインの画家。

シュルレアリスムの代表的な画家であり、自らを「天才」と自称して、作品だけでなく数々のパフォーマンスや奇行、逸話などで知られている。

代表作に『茹でたインゲン豆のある柔らかい構造(内乱の予感)』、『笛を吹く少年』などがある。

天才を演じた天才

「天才なるには天才を演じればいい」
天才、ダリの奇行と不思議なインスピレーション 天才を演じた天才

ダリはその作品と同時に奇行と言われるほどのパフォーマンスをしたことでも知られる。

1936年のロンドンでのとある講演会で潜水服を着て登壇したが、酸素供給がうまくいかず死にかけたり、象にのり凱旋門を訪れたりなどした。

人目につくような場で派手なパフォーマンスを行ったのだ。

無理やり演じていた奇行?

本来のダリはそのような奇行をする人物ではなかったと言われている。
親しい友人によれば、本来の彼は内気で一人でいる時間が好きな人物であったと言われている。

天然ではなく計算されたものだったのかもしれない。
しかしそれは現代の芸術家は作品だけでなくパフォーマンスとしても見せなくてはいけないと言うことを知っていた上での行動だったのかもしれない。

自分を天才と思い込むことで自分の想像力を引き出すことができたのだろうか?

インスピレーションと作品

そして自分を天才だと思い込んだダリには不思議なインスピレーションがおりて来ることがあったようだ。

凡人には理解できないようなぶっ飛んだものもあるのだ。
それは思い込むだけで降りてくるものなのか?やはりダリは真の天才だったのか?

溶けたチーズ『記憶の固執』1931

天才、ダリの奇行と不思議なインスピレーション 溶けたチーズ『記憶の固執』1931
ダリの初期の作品で、一度は目にしたことがある作品だろう。

この作品のインスピレーションはシンプルである。
溶けるチーズを見てインスピレーションを得たとされている。

中央に描かれている白い生き物のようなものはダリ自身なのだという。

よく言われるのが、物体や時計が溶けて歪んでいる様子は、時空や時間の歪みとしても捉えることができる。そのことから相対性理論の影響があるのでは?と言われることもあるが、ダリ自身はそれを否定している。

ただ溶けるチーズを見て思いついたと…


またダリはこの様にも言っている。
「柔らかい時計は生物学的に言えばダリ的なDNAの巨大な分子である。それらは永続性ゆえにマゾ的であり、舌平目の肉のように機械的な時間という鮫に飲みこまれる運命である」

これも天才を演じるためにわざと難しく言っているのだろうか?

宇宙統一のイメージ『溶ける時計』1954

天才、ダリの奇行と不思議なインスピレーション 宇宙統一のイメージ『溶ける時計』1954
こちらも溶けた時計が登場する作品だ。
この絵のインスピレーションは夢の中で原子核のイメージを見て描かれたのだ。

その夢を「宇宙の統一の原理」と思うようになったのだという。まるで新興宗教の教祖のような事を言っているのだ笑

しかしその絵の中にはキューブが並び科学の規則のようなイメージを受ける。

宇宙の真理?『磔刑』1954

天才、ダリの奇行と不思議なインスピレーション 宇宙の真理?『磔刑』1954
さらにそのイメージが発展したと思われるのがこちらの絵だ。
原子核のイメージのキューブにキリストが磔にされている絵だ。

宗教と科学という一方で対立するイメージが同じ絵に描かれているのだ。不気味さも感じさせる作品だ。

ダリ自身はなぜキリストを描いたのかわからないと言っている。
宇宙からおりてきたインスピレーションなのだろうか?


『茹でたインゲン豆のある柔らかい構造(内乱の予感)』1936

天才、ダリの奇行と不思議なインスピレーション 内乱を予言した作品?『茹でたインゲン豆のある柔らかい構造(内乱の予感)』1936
ダリの初期の代表作。内乱とはスペインの内戦のことであり、戦争の緊張と不安を表現した作品である。

怪物の指先がインゲン豆に見えることからこの題名が付けられ、
背景の曇った空は内乱への不安な心情を表していると思われる。

ダリ自身はこの作品はスペインの内乱を予言したものだと語り自画自賛した。
スペイン内乱は1936―1939年

その他絵ではない不思議な作品

天才、ダリの奇行と不思議なインスピレーション 無重力のような不思議な写真
こちらは絵ではない写真によるダリの作品である。椅子を吊るし、猫と水を投げ、自分はジャンプをして撮影した写真だ。

まるで無重力のような不思議な写真に出来上がっている。28回も取り直したという。

まとめ

メディアが発達し、芸術家も作品を作るだけの存在ではなくなった。
それを一早く感じとっていたのがダリだったのかもしれない。

観衆をいかに惹きつけるのか?作品だけに留まらない部分も注目されていった時代だ。

ダリの不思議なインスピレーションはそれすらパフォーマンスであったのかでは?と思わす程である。

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一躍脚光を浴び、同時に様々な批評の元に晒された。
しかし確実に美術を広めるきっかけになったのである。

もしダリが現代に生きていたらSNSを積極的に利用し拡散される作品パフォーマンスをしたであろう。
現代どうやって注目されるか?知られるかも考えないといけない時代なのだ。

記事協力:ネット美術館「アートまとめん」 http://artmatome.com/
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