保守?右翼?靖国神社は山口県・長州の為の神社?【y】

久々の山口県ネタになってしまった、、今日は山口県の観光名所ではなく、靖国神社の事を話そう!

靖国神社と聞くとどんなことをイメージするだろうろうか?
戦争?右翼?保守?

とちょっと怖いイメージもあるかもしれない。しかし実は山口県に非常に関係がある神社なのだ!

山口県、長州のための神社?靖国神社

靖国は神社の中ではそこまで歴史のある神社ではない。明治維新をきっかけにつくられた神社だ。
長州の為に長州が作った長州の神社なのだ。

靖国神社は東京千代田区の九段北にある神社だ。


明治にできた比較的新しい神社だ。幕末から明治初期にかけて、維新に功労した志士たちを祀ったのが始まりだ。

維新側で死んだ者たちを聖なる殉職とするために作られたのだ。
天皇を中心とした国造りを進めるために権威を高めようとした意図もあるだろう。


そしてその後は国内外の戦争や事変によって戦士・殉職した軍人 ・軍属を英霊として祀るようになった。戊辰戦争、日清戦争、日露戦争、太平洋戦争と、、



今では第二次世界対戦の戦没者を祀る神社というイメージが強くなってしまったが、厳密には明治維新とそれ以降の体制側の戦死者を祀る神社なのだ。


歴史上の有名人も祀られており、吉田松陰や坂本龍馬や高杉晋作なども祀られている。
しかし日本人でも祀られていない人々いる…

プロパガンダ目的?日本人でも祀られていない人物とは?

天皇中心の国造りを進める為に倒幕をしなくてはいけなかった。その為には幕府側の権威をなくし、倒幕派の正統性を高める必要があった。

その為に倒幕側の戦死者を聖なる者にするというプロパガンダがあったのだ。
厳密には日本人の戦死者を祀るのでなく、あくまでも倒幕派、新政府軍、体制側の戦死者を祀る神社であるのだ。

なので、
幕府を守る為に戦った新撰組や、戊辰戦争や西南戦争(鹿児島、大分、熊本、宮崎の士族が起こした日本最後の内戦)では明治政府側の戦没者は祀られているが、旧幕府軍や薩摩軍側の戦死者は祀られていない

新撰組や西郷隆盛も祀られていないのだ。
西郷隆盛は明治維新には貢献したが、その後西南戦争で反乱を起こしたからだ。


つまり、
単純に戦争で死んだ人たちを思うような場所ではなく、体制側の戦死者を聖なるものにするというプロパガンダの目的が大きいのだ。

その為、例外的に事変や戦争ではなく幕府に処刑された吉田松陰は祀られているのだ。

長州の為の神社?保守も批判?

新撰組や西郷隆盛も日本を思っていただろう。なので以前は一部の保守や右翼から批判もあった。

太平戦争以前は靖国は皮肉も込めて、
「長州の神社と言われることもあった。

なので戦前は保守的な思想を持っていても「長州が政治利用で作った神社だから嫌い」と言う人がいたのだ。


特に長州と敵対していた旧会津藩や幕府側の子孫などは嫌っている人が多かった。

会津藩家老を先祖に持つ右翼の大物・田中清玄は、靖国神社を
「長州藩の守り神にすぎないもの」と切り捨てたというエピソードもある。


まとめ?

靖国の大鳥居の通りに一人の男の銅像がある。
その人物が大村益次郎だ。長州藩の志士で医者、そして天才軍師だ。

維新十傑の1人でもあり、日本陸軍の創始者でもる。そのことから靖国神社が維新や長州に関係が深いことが分かるだろう。

過去の流れからの在り方を知る事も必要だ。
もはや今靖国が悪いか良いかを議論する必要もないと思う。どうやってそこの存在しているのかを知る事が必要だ。

しかし激動の時代の中で、天皇を中心とした国になり日本は守られていると思い込み、
「靖国で会おう」と死んで行った若者の為に祈りに行こう。

スポンサーリンク

スポンサーリンク